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2008年11月27日 (木)

ソリ遊びでの出来事

黙ってみていた。

今日は枯れ葉でソリ遊びをした。
ピッコロにはソリが1つ。
子どもは12人。

どう遊ぶのかとずっと見ていたのだ。

6歳のH美ちゃんが、リードして遊ぶ。
「並んで〜」
「次はAちゃん」
「次はB君とC君ね!」

しかし、よ〜く見ていると、どうも公平ではないような気がする。
同じ子が何回もやったり、
回数が少ない子がいたり、
ある子は何度やっても許されて
ある子は許されない。

それでも子どもたちは
ものすごく楽しそうに盛り上がって遊んでいる。

「ふ〜ん、それでもいいんだ」

と不思議な気持ちで見ていた。
すると、しばらくして、
動きがでてきた。

5歳のH子ちゃんが
「私、もうやらない!」と怒って仲間からはずれた。
それをみたS君も
「僕もやらない」
R君も
「やらない」

へぇ〜どうしてだろう。

それでも私は見ていた。

はずれた3人は
棒を2本持って、スキーごっこをし始めた。
偶然、私の近くに滑ってきたので、
何気なくきいてみた。

「もう、ソリはやらないんだ」

「うん、だってHちゃん、ばかりやっているから、
 もうやらないの」
「Hちゃんが決めるからやめたの」

そんな話しだった。
でも、その時はさほど彼らにいかりは見られなかった。
スキーで楽しげに滑っている。


そんなこんなで、昼食に。

テーブルを囲みながら、
改めて、外れた3人がソリをやめた理由を
話してもらった。

森で私に話してくれた事と同じ事を言った。
それを聞いていた、Hちゃん。

「だって、みんなが並ばないから」とか
「私と一緒にいないから」
と反撃。

しばらく、その事について
あれこれと子ども同士で話していた。
私は、子どもが言った事を繰り返したり、
聞いたりするだけ。

すると、そのうち、その話しは横道にそれ、尻切れトンボに。
フェイドアウトしたかのように見えた。
それぞれがお弁当を食べている。

数分たった。
子どもたちがその話しを忘れかけた頃
私は悪くない、と言いはっていたH美ちゃんが
突然言ったのだ

「H子ちゃん、ごめんね」

えっ?

子どもはいつも不意打ちしてくる。
まさかこのタイミングで謝るとは。

消滅したかのように思えた話しあい。
しかし、H美ちゃんの中ではなくなっていなかったのだ。
楽しそうに食べている間も
H美ちゃんは何かを感じていたのだろう。
そして、彼女の心が「ごめん」と思えるまで、
この時間が必要だった。

大人はその場で「謝りなさい」と言う。
どちらが悪かったと善悪をつけたがる。

しかし、子どもは悪いと思えば
言われなくても自分から謝るのだ。

大人の役目は、お互いの子どもの気持ちを伝える機会を作るだけ。

こうやって、この森で
喜怒哀楽、全部の感情を出してほしい。
うれしい、悲しい、悔しい、楽しい、淋しい。

そして、自分の感情を十分感じて欲しい。
自分の気持ちを感じられないうちは
他人の気持ちなんてわかるはずがないから。

だからこそ、この森が必要なのだ。

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コメント

そうだよな、と思いながら、朝の出がけに毎日"早く!"と
チビに声をかけていたのを思わず反省です(^^;
色々な感情を満足するまで味わうって大事なことですね。

ふと、”モモと時間泥棒”を思い出します。
しばらく前にあえて読み直したのですが、
掃除夫のベッポが道を掃くときや、
ベッポの話をモモが聞くときなど、
人と時間の色々な関わり方が出てきます。
読んだときにこんな事を考えて記事にしました。
http://walkup.sunnyday.jp/archives/2005/10/post_106.html

投稿: Noritan | 2008年12月 5日 (金) 13時05分

「モモ」懐かしいですね!
私も読み返してみようかなあ。
大草原の小さな家や
シートンなど
大人になって読みかえしてみると
また、たのしいですね!
時間か…

投稿: ピッコロ | 2008年12月 5日 (金) 19時01分

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