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2010年4月

2010年4月30日 (金)

拾い物

散歩に出かけると
いつも子供たちはゴミを拾い、持ち帰る。
缶、ビン、たばこ、ビニール。
そして今日はすごいゴミを拾った。

テレビ

超小型だが不法投棄のテレビだ。

それは道路の脇に落ちていた。
「あっ、テレビ!」
とテレビに近づき、さわっている。
どうするのかと見ていると
そのテレビを持ちあげた。
そして歩いた。

(まさか)

そのまま歩き続ける。

(もしかして)

私「ね、それどうするの」
G君「海岸寺の和尚さんに聞いてから
   ピッコロに持って帰る」
私「そ、そうなんだ」(汗


今日は歩く日だった。
お弁当をリュックに入れ、海岸寺まで歩く。
その和尚さんの持ち物でないか確認して
違ったらピッコロに持って帰るということらしい。

しかしいくら何でもテレビだ。
重い。

年長組G君とR君は2人で持った。
リュックに水筒にテレビ。
「重い」といいながら持つ。
休んでは歩く。
また休む。

大人は6人もいるのに
誰にも頼まない。
そして他の子にも頼まない。
今日、年長組は2人だけだった。

歩く、休む、歩く、休む。
しかしとうとう、

G君「あ〜、これ拾ってこなければよかった〜!」
R君「この道を通ったのが悪かった〜!」

やっとわかってくれたかと思ったが、
彼らはやめなかった。

歩く、休む、歩く、休む。

しかしとうとう限界に、
そして名案。

「ここに置いていって、帰りに持って帰ればいいんだ!」

帰りも同じ道を帰ってくるのだ。
またもや、やっと気づいてくれたと思いながら、

私「いいね、いいね、そうしよう」
G君「あ〜、よかった」
R君「助かった〜」
私「あっ、でも海岸寺まで持っていって
  和尚さんの持ち物ではないか聞くんじゃなかったっけ」
G君「それはもういいの」
私「えっ、もういいの?」

私は重いので和尚さんに聞く事を省略したのだと思った。
しかし、違った。

G君「だって和尚さんはあそこにこれを置かないから」

と言ったのだ。
えっ、と思った。
海岸寺の和尚さんは
不法投棄をするような人ではないということだ。
だから聞くまでもない、そう言いたかった。

子どもたちは和尚さんに何度か会ったことがある。
そのお人柄で判断したのか、
和尚さんという肩書きで判断したのか、
どちらにしても
その判断は正しい。

子どもはわかっている。
わからないことはたくさんあるが、
本質的な事はいつもわかっている。
だからこわい。
私は子どもの事がこわいと思った事が何度もある。
いや毎日思う。
1人の人間としては認めづらい大きさと行動。
しかし心は1人の人として成立している、大人なみ。
いやそれ以上かも。
人間としての本来あるべき姿を毎日見せつけられるのだ。
しかし幼い。
このギャップに戸惑い続ける。

で、ちなみにそのテレビ、
とうとうピッコロまで持ち帰った。
これからどうするのだろう。
乞うご期待。

最後にはお金を出して
ゴミとして処理するまで
子どもたちと一緒にやれるといいなぁ。
何かが育つはず。

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2010年4月18日 (日)

授業参観

卒園児の授業参観があった。
私にとってこの行事はとっても重要なのだ。
次の担任の先生に
「大事に想い、一緒に過ごした子供たちを
 どうかよろしくお願いします」
と心の中で祈るように託してくる。
そしてここで私の気持ちの区切りがつく、
そんな行事なのだ。

卒園児は先生の話しを聞き、
一生懸命に勉強していた。
少し安心した。
と同時に、んん?と思う事がいくつかあった。

とても細かいことだけれど、
後ろからみていると
本当によく見えるのだ。
自分自身を反省しながら
教育ってなんなのだろうと感じた。

先生が「さぁ教科書を出して下さい」という。
子供たちが机の中から教科書を取り出す。
取り出したら開く、
すると開いた子の教科書を端から先生が閉じていく
「まだ開かないでね」

えっ。

まだ覚えている。
私が年長児の時、作品展用に
クラスのみんなで大きな段ボールの象を作ったのだ。
子供たちで筆で灰色の絵の具を塗っていた。
すると担任の愛子先生が
「少し絵の具が足りないかも」
とつぶやいた。
子供ながら「あぁ先生が困っている」と思ったのか、
私はたくさん塗ってある場所から灰色の絵の具を筆でとって
まだ塗っていない場所へと塗り始めた。
絵の具を節約し始めたというわけだ。
塗ってあるところから絵の具をとっていたとき
愛子先生が言った。

「久美子ちゃん、そこにはもう塗らなくてもいいのよ」

 えっ、取ってるのに…。
 …傷ついた。

「私は今、ここにたくさん塗ってあるので、そこから取ってます!」
とは言えなかった。
そんな子だった。

他愛のないことだ。
しかし、それを今現在まで覚えている。
それほど人の気持ちというものは
傷つきやすく
壊れやすく
そして大事だということだ。

“大事なものは目に見えない”と言う星の王子様
(正確にはきつねだが)

気持ちが大事。
これから教科書を開いて
よし!勉強したる!
と思うその想いが何より大事、と思う。

教科書を目の前で
パタパタと閉じられた子たちが
「まだだって〜!ケラケラ〜」
と心の中で笑って流せていることを願いたい。

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2010年4月11日 (日)

入園式

今日はピッコロ4回目の入園式。
100名程が集まった。
うそみたい。
4年も続くなんて。

1時間弱の式だった。
しかし今年は不思議なことが。

ひとりも泣かないのだ。

落ち着いた式だった。
入園式って何人も泣いていて、
お母さんと離れなくていいと言っているのに、
なぜか泣いて、
ざわざわしているのだ、普通。

式が終わった。
するとぽつぽつ雨が降ってきた。
あ〜もってよかった、と思っていたら、
Rちゃんが言った。

知ってる?
インディアンのお話で
式が終わってから雨が降るということは
祝福されているということなんだよ。

ふ〜ん、
どうりで今日は…。

なにか違う力が
ピッコロを覆っているような感じがしていた。
だって全然違っていたから、
いつもの入園式と。

今年1年、ピッコロっ子が怪我もなく無事に過ごせますように★
そして4年目を迎えられ
森の神様、ピッコロの皆様
本当にありがとうございました。


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2010年4月 8日 (木)

卒園児が。

今日は午後からお母さんたちとミーティング。
小学校は午前中で終わるので、
下の子がピッコロに通っているおうちは
卒園児をミーティングに連れてきて下さった。

私はお弁当を食べ終わったばかりで
日だまりの中で遊んでいる子供たちを眺めていた。
すると、ダダ〜!と男子が2人
私にむかって走ってきたのだ。

一瞬「だれ?」と思ったら、
ついこの間卒園した年長組ではないですか。
しかし、わからなかった。
わからなかった自分に戸惑った。
それほど変わっていた。

学校の黄色い帽子をかぶっていたからではない。
服が汚れていなかったからでもなかった。
たった2週間会っていなかったのに、
1年ぶりのようにも感じる。
まったく違う人だった。

いつもがちゃがちゃ話していたY君が
「今日、○○ちゃんは?」
「○○ちゃんのお父さんは?」
えっ、何となく普通の会話。

Hちゃんは
「今日は森に行ったの?」
「泣いている子はいた?」
「大丈夫だった?」
これも違う。
更に大人になっている。

私は卒園式より悲しくなった。
当たり前だけど、
どんどん子供たちが遠くにいっていた。

もう以前とは違う。
新しい担任の先生がいて、
たくさんの友達がいて。
新たな居場所をみつけた子供たちは
その顔も雰囲気も全く違い、
そして一人一人が輝いて見えた。

子「先生悲しいの〜?
  私たち悲しくないよ、楽しいよ〜」

この〜!!!!!


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ピッコロスタート

いよいよ新年度が今日から始まった。
今日は何人もの子供が泣き、
スタッフは両脇に抱っこして1日を過ごし、
私は筋肉痛の覚悟をしていた。

しかし、その予想は大はずれ。
朝の会で大泣きしている子はひとり。
あれ。

その子は森には行かないと泣いている。
行かないと言われたら
「行かないね」
と返答するしかない。
しかしその先が問題だ。
本当において行ったら、森での楽しさは伝えられない。
何とかして連れて行くのが
私のやり方だ。

私「行かなくてもいいよ、
  今日は(園庭で)待っていようね。
  でもそれを森の神様にお話してこないとだめなのよ。
  森の大きな岩まで行って
  お話してから帰ろうか」
すんごいこじつけ。
でもこれで大泣きの子供も動く。

で、途中で「早く帰りたい」というので
「そうだね、早く帰りたいから早く神様にお話ししなくちゃ」
というと
またまた早足で歩いてくれる。
納得すると3歳児は本当に素直なのだ。

そのS君、ずっと私の手を握りしめて森を登っている。
少し泣きやんだ。
そして頂上まで行ったら
パッと私の手を離し、そして言ったのだ。

「もう泣かない」
えっ、
な、な、泣かないの。
私の方が面食らう。
「どうして泣かないの」
S君「んん〜」
まだ言葉にできないのだ。

子供はいつも泣きやむときを自分で決める。
何がそう判断させたのか、まったくわからないが
その一瞬がいつもいとおしい。
小さな体のどこにこんな強さがあるのだろうか。

森を歩き出してから泣き始めたK君が私の脇にいた。
S君もつられて泣き出すかと思った。
しかし、自分で決めた子は二度と泣かないのだ。

するとS君が手に持っていたまつぼっくりを
「あげる」と言って差し出してきた。
「私に?」とちょっと嬉しくなったら違った。
泣いているK君にだった。

えっ、これをまだ出会ったばかりの友にあげようというのか、
しかもついさっきまで自分が泣いていたのだ。


森で自分の感情を充分感じて欲しい。
そこから何かが始まるような気がする。

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