« 2010年5月 | トップページ | 2010年7月 »

2010年6月

2010年6月13日 (日)

言葉は難しい その2

ピッコロでは朝の会で
「今日のニュース」を話してもらう時がある。

年中のH君は自分の順番になると
「ない」とか
「わからない」という事が多い。

その訳が判明したのだ。

私が「今日のニュース」と言うものだから
「朝起きてから朝の会までに起こったニュース」
そう理解していたらしい。
どおりでない訳だ。

そういえば、先日
「今日お父さんが寝坊しました」
とは言ったっけ(笑)

「今日のニュースはきのうの事でもいいんだよ」
(これもそもそも変か)
というと話した

「きのうおじいちゃんと犬の散歩に行きました」

そっか。


(でもほかの子が過去の事を言っている事実には
 気づかないんだな、これが(笑 )

| | コメント (2) | トラックバック (0)

言葉は難しい

父の日週間では朝の会で
「お父さんの好きなもの」や
お父さんのことを
子供たちに発表してもらった。

私「今日の質問“お父さんの好きなところ”を教えて下さい」
子「顔」
子「体」 
子「ひげ」
子「山」
私→んん?ヤマ???

そうでした、
お父さんの好きなところ=(イコール)
お父さんの好きな場所=(イコール)

これあってますね(笑)

言葉って難しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年6月12日 (土)

あと1つ食べられるのか。

今日は弁当を持って
海岸寺まで歩いた。
帰りにおやつ。
昨年作った梅ジュースの梅を用意した。

配るのは年長組。
全員が1つずつ食べた。
まだ容器に残っている。

年長G君「もう1つずつ食べられる?」
私「あっどうかな」
G君「数えてみる。先生は梅を数えて」

G君は子どもの人数を数えた。
私は梅の数を数えた。
G君「20人だった」
私「25個あったわ」
(実際は数えていない。
 20人で25個、この数の関係が
 この子はわかっているのか確かめたかった。
 差が5くらいが妥当かと…)

「じゃあ、あと1つずつ配っても足りるね」

本来はこう言って欲しかった。

しかし年長組になったばかりの6月。
まだ数の関係がわからない。

私「25個あったわ」
G君「あれ?」(自分で数えてと言ったのにその先がわからない(笑))
私「あれ?」(いつもわざととぼけてます)

すると彼は
「そうだ」
と言って
丸く並んで座っている子どもたち全員に
端から1つずつ梅を配り始めた。
配る時にこう言った。

「まだ食べないで」

どうするのかと言うと
全員に1つずつ配ってみて
最後の子の分まであったら
足りたということなのだ。

しかももっとすごいのは
年少組の子に配る時には
その横の子に
「○○ちゃんの分も食べないで持ってて」
と言うのだ。
そう、年少組は配られたらすぐに食べそうだ。
もし食べてしまったら、
全員分が足りない場合
返却しなくてはならない、
その時にその子だけ2つ食べる事になってしまう。
それは大変だ。


しかも年少組全員にそう言っている訳ではない。
わからずに食べてしまいそうな子に
限定しているのだ。
その選択がまたなんとも正しい感じ。

こうして最後の子まで梅を配り終わった。
足りたのだ。
配られた子どもたちも
全員食べないで待っていた。
これもすごい。
年長組の威厳があるのだ。

G君「もう食べていいよ〜」

全員食べ始めた。

G君「よかった、(全員)あって」
メデタシメデタシ。


この子の考える力、
自分の頭をフルに使う力、
それでいい。
20と25の関係なんて今わからなくてもいい。
なんとかしたいと思った時に
それを乗り越える力、
なんとかしてしまう力、
それを今、身につけてほしいのだ。
そして私はその時間を保障したい。

この一連の流れを
ピッコロっ子全員が
目の前でみていた。
だからもっといい。
子どもは子どもの中でしか育たないから。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年6月 7日 (月)

朝日新聞

またまた取材がありました。 

明日、6/8(火)の朝日新聞山梨版に
ピッコロの記事が掲載予定です。

〜現場発「育学」〜
というタイトルだそうです。

6/6の取材日は「お父さんと森へ行こう」の日。
お父さんのコメントも掲載されるのでしょうか。
楽しみです。

(自分のコメントはあまり楽しみではありませんが…(汗 )

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2010年6月 3日 (木)

うさぎの世話

ピッコロにはうさぎが2匹いる。
名前は「なるみ」と「たけし」
私の知らないうちに
このしぶい名前がついていた(笑)。

うさぎの世話。
大人が「今日は○○ちゃんがやるよ」と言ったり
大人が当番表を作ったり。
私は子どもたちが
そんな形でうさぎと関わってほしくなかった。

必要性を感じて
子どもたちが自主的に世話をしてほしい。
それにはどうするか。

毎週の保育スタッフミーティングでは
その話しが続いていた。

「うさぎから手紙がくるのは?」
「うさぎと同じように水を飲まない日を作る?」
「(うさぎの糞を掃除しないので)
 くさいにおいをみんなで嗅いでみる?」
「まだ自主的に世話をするという事は
 できない年齢なのか」
こちらの作戦はいつも失敗に終わるのだ。

すると今日はそのうさぎについて
卒園児から手紙が来た。

「うさぎの世話をしていないそうですね。
 うさぎがかわいそうなので
 お豆腐屋さんに返してください」
(うさぎは豆腐屋さんから頂いたものだ)

その手紙は子供たちにとって
衝撃的だった。

返す…

その日は違った。

臭くても糞の容器を洗った。
しかし、子どもにとっては臭すぎる。
臭くて臭くて4歳のMちゃんが泣き出した。
「くさ〜い〜」
泣く程くさいのだ。

大人「くさいからできないね」

投げだすと思っていた。
だって今までそうだったから。
くさいからやらないと何度言われた事か。

しかし答えは違った。
大人「くさいからできないね」
Mちゃん(泣きながら)

「やる〜」

え、、やる、、

彼ら4人は最後まで容器を洗った。


ピッコロでは帰りの会でその日の出来事を話す時間がある。
私「なんで今日は臭いのにうさぎの世話をしたのかな」

Mちゃん「やったから」
Aちゃん「やりたかったから」
M君「臭くてもやりたかった」
Rちゃん「うさぎは命だから」

やり通したのだ。
この子たち。

返すのがいやだったのか、
返すという選択肢があるということに驚いたのか、
真意はわからない。

しかし大人が何度
「うさぎさん臭いね」
と言ってもやらなかった子どもたちが
今日は泣きながら動いた。

子どもは子どもによって動く。
もしくは子どもによってのみしか
動かない。
私の役目はその橋渡しをすることだけだ。
群れで育つピッコロっ子。
卒園児も含めて
みんながピッコロっ子を見てくれている。
それは有難くかけがえない存在だ。

H奈ちゃん(卒園児)
うさぎを想う気持ちを本当にありがとう。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年5月 | トップページ | 2010年7月 »