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2011年3月25日 (金)

森へ行きたいわけ 〜ピッコロ通信より〜

ピッコロ通信卒園号から。

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今日、どこに行きたいかは
子どもたちが決める。
最近の子どもたちのお気に入りは川。

私「今日はどこに行こうか」
G君(6歳)「川、あー、やっぱ森!」

するといつも川に行きたい、
と言っていた子どもたちが
今日はほとんどが森と言った。
私は
「へー、今日はみんな森に行きたいのだ」
その日は森へ出かけた。

しかし帰宅後、
どうしてもしっくりこない。
G君が川と言ったら
みんなも川。
森と言えばみんなも森。
これでいいのか。

翌日、朝の会で森ミーティング。
シナリオは決まっていた。

私「いつもみんなが行きたい所は川なのに、
  昨日、G君が森と言ったら
  みんなも森と言ったよね、
  なんでかな」

当然、私のシナリオでは

子「だってG君が言ったから」
と言い
子「本当は川に行きたかった」
と言う、で、
私「G君が森と言ったら
  川に行きたいと思っている人も
  森と言うのはどうだろう」
と聞き、
子「いけないと思う」
子「自分の思う事はかえない方がいいと思う」
私「そうだね」

ここで終わる。

子どもの中に何かが残る。
その先は子どもたちが自分で感じることだ。

このあとに、
「ね、自分の思ったことは、
 人に流されないで
 話せるようにしましょうね」
という大人のまとめはいらない。

いけてないからだ。
       
    

さぁ翌日。
私「いつもみんなが行きたい所は川なのに、
  昨日、G君が森と言ったら
  みんなも森と言ったよね、
  なんでかな」

するとMちゃん(5歳)が
すぐに言った。

「私はG君がいてもいなくても
 森がいいと思ったよ。」

あぁ、Mちゃんはそうだったのだ。
                 

次にK君(4歳)が言った。

「だってG君がかわいそうだから」

そこに私はG君への好意を感じた。
彼を思う気持ちを感じたのだ。

私「あぁ、そうなのだね」
            

次はたっちゃん(4歳/男子)
「G君、かっこいいから」
あー、これはまさしくあこがれ ♡
                

当事者のG君も言った。

「僕はくつが濡れるから森がよかった」

G君の意見は
今はなくていいのだけれど(笑)、
まぁいいか。
そうだったのだね。


次、ぜんちゃん(4歳/男子)

「くつが濡れるから」

ほう。
ぜんちゃんも言った。
(もう新人ではない)
              

子どもたちは大人が
「次は誰々」と言わなくても
自分から次々と発言する。
すごいことだ。


K君(5歳)

「僕はねー、G君が言ったから」
私「どうしてG君が言うと森になるの」
K君「だって森に行きたくなっちゃうから」
            
やっぱりG君が好きなのだ。
                    

最後にAちゃん(5歳)

「私はこのごろ森に行ってないなーって思って」

私はだんだん息ができなくなってきた。


子どもたちの中に
G君に流されて
森と言った子は1人もいなかったのだ。
全員自分の意志だった。
それはG君が好き、
あこがれからの意志だった。
本当は川に行きたかったのに
我慢して森と言ったわけではなかった。
まして心配していた
年上という権力に屈して
自分の意見を曲げるようなことでは
全然なかった。

大好きな人と同じ所にいたい。
大好きな人が行きたいところに
自分も行きたい。
大好きな人の願いを叶えてあげたい。
人間としてもっとも素敵な感情だ。

そして次々と
全員の前で話しだす。

その姿がたのもしくて身震いした。

こんなに小さな子どもたちが
自分の意志をしっかり持っていた。

しかもその発言の
どの子の意志も否定されない。
G君が好きだったら
森と言ってもいいし、
自分の意志で森と決めてもいい。

子どもたちは何が自由で
何が自由ではいけないかを
よくわかっているような気がする。

で、この質問は
好きな食べ物はなんですか、
という質問とは種類が違う。
この件に関して
自分はどう思ったのか、
昨日の自分の気持ちを思い出して
言葉にしてほしいといっているのだ。
私の話しの趣旨を
きちんと理解していた。
おばけさん(年少組)までも。
                   
                 

完璧すぎて
なにも言えなくなった。
心も体も動けなくなった。
そのあとのちらし寿司作りは
もうどうでもよくなった。


私のシナリオはだめ過ぎて、
小さ過ぎて
辞めたくもなった。
我慢して「森」と言うのは
大人だけなのかもしれない。

子どもたちの器は想像以上に
大きくなっている。

ノックアウト。
涙。
                 
           

誰もが自由で
誰もが他人の自由を尊重できる。
そして各自が自らの足で立っている。
こんな幼稚園児の集団ってあるのだろうか。
                   

またその中に真のリーダーがいる。
実はK君(6歳)が入園するまで
毎日登園する年長組は
G君1人だった。
彼のペースで事が進むことが多く、
集団は引きずられていると感じていた。
保育スタッフと何度も何度も
G君が真のリーダーになる方法を考えた。
みんなから
「G君いじわる」と言われ
泣いたこともある。
いばりんぼうの恐竜がでてくる絵本を
読んだこともある。
「G君は○○ザウルスみたいだ!」と
言われた時期もあった。

違和感のある場を
どうしても大人の言葉や叱責ではなく、
気持ちのいい集団として育て
その中にG君の育ちを作る必要があった。

大人が言葉で教えただけでは
真の育ちはない。
子どもの心が動き、
自らの意志で
自ら変わっていかないと。
言葉で教育や子育てができたら
こんなに簡単なことはない。
「いい子になりなさい」
と毎日言い続ければいいのだ。


その彼が今日は
みんながあこがれ信頼し、
ついていきたいと思う
真のリーダーになっていた。
(泣)。


私の仕事は
その場に違和感を感じること、
それを見逃さないこと、
で、それをなんとかすること、
だと思っている。
その違和感とは
保育士1人1人の経験であり、人生感だ。
           
          

年度末、昨年も
こんなにすごい子どもたちは
いないのではないか、
と思う集団になった。
そして今年も…。
           

ピッコロに集っている皆様の力。
森の神様とよんでいる、
目に見えない大きな力。
人間なんて
その目に見えない力によって動かされている
ちっぽけな存在でしかない。
だからこそ有難い。
              

今年度も子どもたちはすごかった。
皆様ありがとうございました。

卒園児、
毎日考えたくないことが
もう、すぐそこに来ています。

今までありがとう。
                  
                  

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コメント

どぅわ~~~!!
読みにきてよかったですよぉ!!!

そう、何が自由かをみんな知っているんだ。
私たち大人も、昔は子ども。きっと、きっと。

ありがとう!

投稿: ゆめ | 2011年3月26日 (土) 00時13分

ゆめさん

読んでくれてありがとう!
ピッコロっ子すごいですよ、本当に。

その辺の大人(私)より
全然いけてます。
毎日トリハダです。

投稿: ピッコロ | 2011年3月26日 (土) 20時37分

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