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2011年9月 7日 (水)

マニュアル人間

今日は誕生会。
ピッコロの誕生会は
園庭の隅の日陰で行われる。

そして特別に誕生会にはおやつが出る。
しかもその中身は
誕生児が決められる。

今日のおやつはY君のリクエスト
桃のゼリー。

保育スタッフが作ったゼリー全員(30名)分が
大きなタッパーに入れてある。
1つの容器で作り、
それを切っただけのもの。

私「さぁ、今日のおやつは
  桃のゼリーでーす」

私はタッパーを子どもたちの前に出した。

透明なタッパーには
たくさんのゼリーが入っているのが
側面からも見ることができた。

すると誰かが言った。

「私、手、洗ってこよっ!」

ゼリーを手に受けて
そのまま食べようという算段らしい。

するとその言葉が終わるか終わらないかのうちに
座っていた子どもたちが
サーッといなくなった。
そう、
手を洗いに行ったのだ。


誕生会会場と園舎はとても離れている。
子どもたちの背中だけが
遠くに見えた。

目を細めて見ていると
半数は水道方面へ、
あとの半数は園舎に入っていく。
園舎の水道は普段使っていない。

あれ?


どうしたと思いますか。


出てきた子どもたちの手には
お皿とスプーン。

こちら上品組なり。

やはりゼリーはお皿で食べないと。
自分で戸棚から取ってきていた。


しばらくすると
誕生会会場は
お皿持参の子、
洗いたての手で食べる子、
洗わなくても綺麗だと判断し、
そのままの手で食べる子、
色々なタイプがそろった。

もちろん私は
プルプルゼリーを手に受けて
そのままぺろっと口に入れた。
ピッコロは山の生活だ。
山では手を洗う水さえない。


持っている皿の大きさもさまざま。
スプーン、フォークもさまざま。
手の綺麗さも色々(笑)。
そこには「一斉」も「みんな同じ」もない。
それでいいと思う。

しかもこの場合、
私がしたことは
ゼリーを子どもたちの前に出したこと。

それだけの情報で
子どもたち自身がこれだけの準備をした。
そこには
「手を洗いましょう」も
「お皿を持ってきましょう」もない。
ましてその場に
皿の準備も全くない。
すべて自分で考えた。


私はピッコロで何をしたいのか。

ゼリーを前にして
子どもたちには想像力が働く。

「ゼリーを食べるには皿とスプーンがいる!」
「手が汚いといやだ」(自由意志)

考えたことを実行する行動力も要する。
そして大人に
「お皿持ってきてもいい?」という確認もない。
判断力。
そして自由。
自分の食べたいスタイルで食べるのが
一番おいしいのだ。
  


2学期早々、
すごいものを見せてもらった。

目の前からいなくなった子どもたちの
背中を見ながら
ただただ嬉しい。

指示待ち、
マニュアル人間とはほど遠いからだ。
震災後、
これからはこんな人間が
世の中の役に立つに違いない。
そして何より
本人が生きやすくなる。


              

いつまでも
自分の生活を自分で作る(自律)楽しさを感じられる、
そんな人であってほしい。
人生が楽しいものになると思う。

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コメント

衝撃的ですね。

自発的にそこまで行動出来るのですね。
今ままで、如何に自分(大人)が子供の可能性をふさいでしまっていたのか?と思いました。

なにより
子供達の背中をみながら微笑みうなずく先生の姿がかなり鮮明に想像できます(笑)


投稿: ぽこ | 2011年9月17日 (土) 15時57分

ぽこ様

いつもブログを読んで下さってありがとうございます。

しっかし本当に子どもの可能性は
想像できない程大きく深いと感じています。
大人の役割って何?でしょうか。

これから年度末に向かって
ますますすごい集団になってきます、多分。

ブログでは伝えられないことが多いのですが
(文にするのって難しいです、、(泣  )
がんばります!


投稿: ピッコロ | 2011年9月17日 (土) 16時23分

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